地方移住したFIRE生活

FIREの注意点

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19〜29分

リード

自分が会社を辞め、FIRE生活を始めてから、ある程度の月日が経ち、その結果新たに見えて来るものがありました。FIREについて自分なりにわかってきたこと、そしてどういう場合にFIREに挫折してしまうようなことが起きるか、ということについて、以下に述べさせて頂きます。

一応あらためまして、FIREとは「Financial Independence, Retire Early」

の頭文字をとった略語で、経済的自立と早期リタイアを実現するライフスタイルを指す言葉ですが、まず自分が思うこととしては、最初の2文字の「FI」の部分、つまり、「Financial Independence」をどう捉えるかが何より大事ではないかと個人的には考えます。

要は「経済的自立」って何ですか? という話なんですが、別に成人して親の扶養家族から外れる、とか、飲み会で奢ってもらわなくてもちゃんと割り勘ぐらい出せる、とか、ゲームで好きなだけ課金ができる、とか、そういう意味合いでは当然なくて、FIREを語る文脈においての「経済的自立」とは、自分が望む生活を送るために必要な経済力を、仕事に縛られることなく確保できている状態、と、いうことだとお思います。

つまり大事なことは、まず最初に「自分が望む生活」をはっきりと 明確に思い描くことで、そして次の順番として、働かずともそれを実現できるだけの経済力の目途をどうやってつけるかを考えることになります。

FIREの本質的な目的は、その人にとってしっくりくる生活を実現すること、であるので、それはつまり 人それぞれが持つ人生観や哲学や好みや生育環境などによって大きく変わってくるわけで、世の中に何か一つの正解があるという話ではない、と思います。

FIREで想定する生活の在り様が、人によって異なる、ということは、当然のことながら

その元手として必要となる財産の金額規模も、安上がりで済む人もいれば、莫大な資産を積み上げる必要のある人もいる、といった感じで、幅広いレンジで分布がばらけることになると思います。

実際今の世の中では、十把一絡げに「FIRE」と一言で片づける場面は減ってきているようで、ファットFIREだのリーンFIREだの、サイドFIREだの、バリスタFIREだの、コーストFIREだの、いろいろ細かく分類することが定着しつつあるようです。

一方、FIREの細かいタイプ分けは置いといて、おそらく大多数のFIRE生活者に共通するであろうと思われる特色もあります。それは、富、名声、力を追い求める世界とは、対照的な世界で日々を生きているということです。

夢や大志を抱き、胸高鳴る出会いや冒険を通じ、時に傷ついたりしながらも、仲間と手をとりあいながら成長し、富や名声や力を手に入れよう、とする、典型的な少年ジャンプ的な世界観があるとすると、それとは対極のイメージをおびた静かで穏やかでどちらかというつ慎ましい在り様が、FIRE生活の一般的特色ではないかと思います。

FIREとは文字通り、仕事の第一線を離れて早めにリタイアすることなわけですから、地味で倹約的な暮らしぶりになることは、至極当たり前といえば当たり前の話といえます。

一方、人がどのような人生観や信条を抱いて生きていくかについては、同一人物の人生の中でも、ライフステージによって変わり得ます。

自分自身に関していえば、かつて若い頃は、それこそ富、名声、力を追い求めて、なんなら最終的には海賊王になってやるぐらいの勢いで、ギラギラと生きていた時期もありましたが、いつのまにやら自分の中の「少年ジャンプ」的な成分は次第に薄味になっていき、代わりに別の価値観を大切に感じるようになっていきました。

それは「時間的自由」だったり、「心身の健康維持」であったり、「非物質的な豊かさと飾り気ないシンプルな暮らし」であったり、「人生の主体性と自己決定権」であったりします。

自分の場合、自分の中での優先的価値観の変化というか、「人生のモード変換」がFIRE生活に踏み切った時期とちょうどいい感じで重なったように思います。

さて、SNSなんかを見ていると時々「FIREの失敗談」のような話が紹介されていたりします。自分が思いますに、「失敗」といわれているケースは、いくつかのタイプに分けられると思いますが、FIREの本質的目的は、さきほど述べました通り、「自分が望む生活」を実現すること、ですので、自分がどんな生活を望んでいるのか、という点がそもそも自分でもよくわかっていなかったり、あるいは思い違いをしていたりすると、FIRE生活が頓挫する可能性は高まるといえます。

たとえばある人が、少年ジャンプ的世界観を、心のど真ん中に据えているという自覚のないままFIRE生活を始めたとすると、たとえ経済的には問題がなくても、リタイア後の暮らしには、もはや冒険もスリルも刺激も縁遠くなりますし、苦楽を共にする賑やかな仲間たちの声に囲まれることもないので、そうなると、喪失感や孤独感や退屈さばかりが募っていって、その苦痛から逃げるように、ストレスまみれの仕事の世界にわざわざ復帰するようなケースも考えられます。

あるいは、リタイア後も従来と変わらずに、世俗的価値観の物欲に浸りまくって、派手な消費スタイルをつづけてしまい、支出がオーバーフローして、資産所得だけでは生活が立ち行かなくなり、金欠で再び仕事を始める、といった場合もあるかもしれません。

リタイア後の資産運用において、いたずらにスリルや興奮の要素を求めてしまって、ハイリスクの信用取引やFXなどのスペキュレーションに熱を上げてしまい、結果、多額の資産を溶かしてしまって、再び就職して金を稼がざるをえなくなった、といった例もあるでしょう。

どのケースにおいても、「FIREで実現する生活」が、「自分が本当に望む生活」とずれてしまっていることが、うまくいかない原因だと言えます。

何はともあれ、FIRE生活を始めるということは、仕事を手放す、という大きな変化を伴うわけですが、その大きな変化に際して、言ってみれば人生のモード設定を、それまでのシャカリキな「アドベンチャー・モード」や「レーシング・モード」から、ゆったりした「クルージング・モード」へ切り替えることが必要になるといえます。

このモード切替がうまく行われないまま、少年ジャンプ的世界観への執着や未練を懐に抱えつつ、FIRE生活に突入してしまったならば、まるでハロウィーンの恰好をして病院の待合室に座っているような居心地の悪さを感じずにはいられないと思います。

とはいえ、人生においては必ず「モード切替」をしなければならない、なんて決まりがあるわけではなく、何ならずっと生涯アドベンチャー・モードで駆け抜けてもいいわけですし、別に「働いたら負け」という縛りがあるわけでもないですから、いったんリタイアすることを決めた後でも、その後の事情の変化に応じて柔軟に、再び働き始めても別に問題ないわけです。ただ、もともと想定したFIREという生き方が、自分の求める生活の姿とはマッチしなかった、ということがはっきりしただけ、と言えます。

ちなみに、もし手に職のある人が、その腕前を発揮することで世の中に貢献し、生きがいを感じたい、と思っているのであれば、それがその人の望む生き方であるのは明らかなので、そんな場合は、その人にとってFIREなんてものは、甚だ見当違いの選択肢、でしかありません。

さて、「本当に自分が望む生活」というものの輪郭をしっかり掴むことが何より大事という話をしてきたわけですが、もしそれがわかったとなると 次は、それを実現するためにいくら金を稼ぐ必要があるか、という現実的な問題、つまり 「自分が望む生活」を支えるために必要となる経済的基盤について、自分なりに分析をしてみて具体的な数字をもって定量的に理解を深めておくことも大切といえます。

そして、宝くじに当たったとか、膨大な財産を相続したとか、いうことでない限り、目標額の資産を手に入れるべく、ふつう 人は働かなければなりません。ただ 別に永遠に働きつづけなければならないわけでもありません。

ここで個人的に気を付けておくべきと思う点は、「資産を使い切れず人生終了する」問題です。人は貴重な人生の時間を犠牲にして、金を手に入れますが、いくらお金をためても

あの世には1銭たりとも持っていけません。また年寄りになって大金をもっていても、さほど使い道はありません。ついつい金を稼ぐことに夢中になり、それがいつしか目的そのものになってしまうと、気づいたときには、使い切れない額のお金をため込んだ老人になってしまうかもしれません。

過剰な蓄財を避け、人生でお金を最適に使い切るにはどうしたらいいか、という発想を常に持ち合わせることが大切と言えるわけで、自分の想定健康寿命や寿命予測を念頭に置いて、ライフステージに応じて、支出ペースを最適化しながら、資産の段階的活用を進めるような長期的な計画づくりがFIREをするしないに関らず、人生においては結構大事ではないかと思います。

尚、FIREの元手の議論として、巷で言われているいわゆる「4%ルール」、つまり、FIREをするためには、年間生活費の25倍を目安に資産を蓄えれば、資産の4%分を毎年引き出しても元本が維持できる、という理論がありますが、この「4%」ルールでいくと、人生の最期に資産の元本が丸々手つかずで残ることを暗に前提とする考え方になるので、「資産を使い切れず人生終了する」問題を引き起こすおそれがあります。

ということで個人的な考えとしては、FIREを検討する場合の資産計画において、4%ルールにとらわれる必要はないと思っています。あくまで自分が実現したい生活のヴィジョンがまずありきで、そのために必要な経済基盤を合理的に求めることが何より大事かと思います。

最後に、自分個人の経験を基に感じたFIRE生活の注意点について一点述べますと、FIRE生活においては、趣味として映画や動画鑑賞、読書、音楽鑑賞といった受身姿勢で楽しむ「反応的娯楽」だけではなく、、自分自らが能動的に行動を起こして関わる「能動的娯楽」をもっておくと心身のバランスが整いやすいように思います。

自分の場合はバイクのツーリングが「能動的娯楽」にあたりますが、一般的には釣りやサーフィンやゴルフな筋トレや登山、なんかも能動的娯楽といえると思います。

能動的娯楽の趣味を持たずに、反応的娯楽ばかりに趣味が偏りすぎると、だんだんと精神的にふさぎ込みがちになるように思われます。

ちなみに、これまた自分の経験上の話ですが、ゲームは、他にいろいろやることがあって、その隙間を縫うように時間をみつけてやる時が一番楽しいのであって、毎日好きな時間に好きなだけやってもいい、という制約のない環境においては、不思議と興味が薄れていく、と感じました。

物事には、表舞台でスポットライトを浴びるより、隙間でこそ輝くものもある、ということではないかと思います。

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