地方移住したFIRE生活

退職後のメンタル維持

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14〜20分

リード

自分は人よりちょっと早めにリタイアし、物価の安い地方部で独りひっそりとFIRE生活をおくっておりますが、久しぶりに知人に会ったりすると、「毎日何やってんの?」だとか、「やることなくてヒマなんじゃないの?」などとよく言われますが、たしかに毎日これといってやることはありません。

自分の場合、朝起きて その日一日何の予定もないと、「やった、今日も何もしなくていいや」と嬉しくなってしまうタチなのですが、おそらく世の中には「今日もやることがない・・・」という状況がふさぎこむ理由になってしまう、そんな人もいるかもしれません。

実際あるデータによると、65歳以上の6万人を対象にした調査の結果、「退職した人」は「働き続けている人」に比べて、『抑うつ状態』つまり気分が落ち込み憂うつな状態になる傾向が、明らか増加することが確認できたようです。

退職してから精神を病む主な原因として考えられるのは、社会性を喪失し人間関係が希薄になることによる社会的孤立感の高まり、肩書や役職を失うことで自らのアイデンティティや存在意義も見失ってしまう役割喪失感、収入源を失くすことによる経済的不安、生活環境や家族間の関係性の変化によりもたらされるストレスの増加、などが一般的に指摘されておりますが、特に女性よりも男性の方が、退職後メンタル不調に陥る傾向が強いと言われています。

こういった退職後のメンタル不調に対し、一般的に言われている対策案としては、趣味、地域活動、友人関係の構築など退職前から準備を進めておくべき、とか、カウンセリングや相談窓口、あるいは、支援サロン、ピアサポートを利用すべきだ、などといった声があげられますが、今回は自分自身の実体験に基づいて、退職後のメンタル管理上大事だと思えることについて、個人的な意見を述べさせていただきたいと思います。

まず最初に、退職直後においては、あきらかに生活環境も生活リズムも変化することになるので、心身共に何らかのストレスを感じたり、あるいは調子が狂ってしまうことはある程度しかたがないことだ、と、割り切ることが大事かと思います。

そして、誰しも短時間で環境変化に順応できるわけではないですから、新しい環境になじめないことに対して、あまり焦りを感じる必要はないとも思います。

今を生きる我々は、長い人類の歴史において、隕石が落ちたり、氷河期になったり、火山が噴火したり、日照りになったり、様々な環境変化にさらされながらも、たくましく変化に順応していった、祖先の遺伝子を多かれ少なかれ引き継いでいる訳なので、環境変化への順応という点に関しては、自分が生まれながらに持ち合わせている能力をある程度信頼してもいいんじゃないかなと思うわけです。

退職後の生活スタイルには、遅かれ早かれ、いずれは慣れていくものだという前提で話を進めると、退職生活というある意味特殊な状況の中で、メンタルを安定させるために必要なことは何か、という点に関して、個人的に感じていることが一つあります。

言うまでもなく、毎日、規則正しいリズムで暮らすことは、心身の健康維持にとって大事なことだといえますが、ところが あまり規則正し過ぎると、逆に精神を病んでいく可能性がある、と個人的には感じています

会社組織など社会集団に関わることがなくなると、ある程度自分の生活は自分自身でコントロールできる余地が大幅に増えます。自分のような独り者の場合ですと、ほぼ毎日自分の好きなように生活を組み立てることができます。具体的な過ごし方はきっと人それぞれで、たとえば趣味に打ち込んだり、家族との時間を充実させたり、地域ボランティアに参加したり、あるいはただ気楽にボーっとしていたり、といった感じで日々を過ごすことになると思いますが、その過ごし方がお決まりのパターン化してしまう、つまり「規則性」の檻に囚われてしまうと、静かにそして少しずつ、人間のメンタルは蝕まれていくのではと感じています。

たとえ日々これといったストレスの自覚はなくても、あるいは表面上は溌剌と趣味や娯楽に打ち込んでいるようにしていても、毎日が予測可能な規則性にすっぽり支配されている状態にあると、人は徐々に精神を病んでいくように思われます。

退職後の生活において、個人的に自分が気を付けている点は、規則正しい生活をおくることを基本としつつも、たまに意識的にちょっとした変則的な出来事、つまり、『アノマリー(Anomaly)』 を生活の中に折り込むように心がけています。

日々の生活に、ささやかなアノマリーを織り交ぜること、このことが退職生活におけるメンタルを安定させる上において、結構大事なんじゃないかと個人的には考えています。

『ささやかなアノマリー』ってなんやねん?という話ですが、要は自分が普段ふつうに生活をおくっていたらやることはないだろう、という異質な行動のことです。

そんな大それたことではなく、あくまで『ささやかなアノマリー』の例としては、ふと目についた山に登ってみる、とか、普段降りたことのない駅で途中下車してみる、とか、簡単な日曜大工をやってみる、とか、ネットで調べたパタゴニア料理に挑戦してみる、とか、思いつきで新しい趣味を始めて挫折してみる、とか、溜まったマイルを使っておもむろに韓国に一泊一人旅に行ってみる、とか、そういった類の行動です。

人間は規則性の高い生活をしていると、なんでも惰性で対応できてしまうようになり、生命体として備えた色んな能力が、全体的に不活性気味の状態に陥ってしまい、徐々に自己効力感の減退をもたらし、ひいては次第に精神を蝕んでいってしまうのではないか、と感じるわけです。

それを避けるための手段として、普段自分がとらない行動を敢えて意識的にとること、つまりアノマリーな行動を選択してみると、変則的な行動であるがゆえに、惰性では対処できないため、普段以上の集中力や意識の働きを投じることになります。

この「集中力を必要とする状況」をいかにつくるか、という点がとても大事ではないかと思われ、人は一定頻度で集中力を高める何らかの機会を持つことが、精神面の安定を保つ上で必要不可欠なのではあるまいか、というのが自分の立てている仮説です。

おそらく会社生活など社会性のある暮らしの中では、例えば、急に取引先から呼び出しを受けたり、突然ライバル企業が新商品を発表したり、貸付先の企業が倒産したり、経理に回した接待の領収書の宛名書きが間違っていることを指摘されたり、台風の進路が変わって出張先から戻ってこれなくなったり、と、まぁ自分の思い通りにはならない、予想に反した出来事、つまり、偶発的アノマリーが日常茶飯事で発生するわけですが、退職後の生活においては、偶発的アノマリーに遭遇する頻度は劇的に減少するといえます。

そしてその穏やかな状況は、一見 精神の安定をもたらすように思われて、実はジワジワと精神の繊細な均衡を乱していくものなのかもしれません。

内面のコンディションを最適に保つためには、自分の自由意思が効く生活であっても、敢えて意図的にささやかなアノマリーを生活の一部に持ち込むようにする、というのが、退職生活におけるメンタル安定のコツじゃないかなと、自分としては考えています。

別にデータやエビデンスに裏付けされているものではなく、あくまで個人的な経験則に過ぎませんが、少なくとも自分自身に関しては、今のところうまく機能しているように思います。

尚、ささやかなアノマリーを起こす頻度ですが、理想としては週一ぐらいのペースで、何らかのアノマリーを企画するのが望ましいかなと思います。

ということで、今週の自分のアノマリーとしては、平日の昼間に博多駅近辺の焼き鳥屋で酔っ払って、行き交うサラリーマンから冷たい視線を浴びてみる、という企画を実行しようかと思っています。

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