話は2023年の暮れにさかのぼりますが、そのとき自分は既に事実上無職状態だったものの、形の上では会社に籍を置いたまま休職しており、その過渡的な休職期間も残りあと1か月を切った時点で、一応名目上会社員の肩書が残っているうちに何かやり残したことはないかと 考えてみたりしまして、そういえば世の中ではマッチングアプリが普及しているけど、自分が名実共に完全無職の身分になってしまうと、マッチングアプリに登録したくてもできなくなるんじゃないか、とふと思づき、とりあえず試しにやってみるなら今しかない、ということで、とある有料アプリに登録してみました。
で、そのときに、人生初のいわゆる「ロマンス詐欺」というものを体験しました。
一応解説しますと、ロマンス詐欺とは、警察庁などからも注意喚起されているように、SNSやマッチングアプリで知り合った相手と親しくなり、相手が恋愛感情をもったことにつけこんでフィッシングや投資詐欺などの詐欺行為を行う犯罪のことをいいます。
今の世の中、インターネット空間では、実に様々な種類のネット詐欺が横行していて誰もがうんざりしていると思います。メールボックスを開くと、カード会社になりすました架空請求とか、イギリスの伯爵が死んで実はお前は遠い親戚にあたるから遺産相続のために大至急送金手数料を振込め、とか、お前のパソコンにハッキングしてお前が恥ずかしいことをしている姿を録画したから同僚にばらまかれたくなかったら仮想通貨を買え、だとか、その手のジャンク・メールを機械的にゴミ箱に移す日々の作業が、いったい自分の人生からどれくらいの時間を奪うのだろうかと考えるとやりきれない気分になります。
そんな数多あるネット詐欺の一つ、ロマンス詐欺については、自分は正直具体的手口に関してほとんど知識を持ち合わせていなかったのですが、はからずも自分でマッチングアプリに登録したことがきっかけとなり、実際我が身をもって体験することになりました。
ひとまず軽い気持ちでマッチングアプリに登録してみたはいいものの、どのようなプロセスを踏んだらマッチングが成立するのか、といった基本的なシステムやお作法についてまるでわからない状態のまま、特にサイトの利用説明にもろくに目を通さず、とりあえず自分のプロフィールの入力を終えて、あとはアプリの画面を適当に眺めていたところ、とある女性からメッセージが舞い込んできて、いわく、自分のプロフィールを見て大変興味をもったので是非色々チャットでやりとりをしたい、ただ、このアプリは近々退会するつもりなので、よかったらLINEでやりとりしないかと持ち掛けられます。LINEに誘導されたあたりがちょっと怪しいなとは薄々思ったのですが、その後の展開がどうなるか気になったので、とにかく言われた通りLINEのアドレスを交換しました。
それからは、日に数回、まるで付き合っている彼女かのようにLINEでメッセージや写真が送られてくるようになります。最初は自撮りの写真などが送られてきて、顔はなんか韓国ドラマでよく見かけるような女優っぽい風貌でして、ジムやヨガなどで撮った割と露出度高めのコスチュームの写真が送られてきます。で、それからは、こんなところに行った、だの、こんな料理作った、だの、その手の類の日常のスナップショットが次から次に送られてきました。
で、気になったのが、日本語が微妙におかしい、という点でして、文章に誤りはないのだけれども、ちょっと日本語の節回しとしては不自然で、例えば、「風呂から上がって、今、髪を乾かしている。体がとても楽だ。これからワインを飲みながら面白いことを始めます。」といった感じで、なんだか、アメリカのテレビショッピングのぎこちない吹替え版、のような不思議な言い回しです。
この点に関しては、彼女は中国人の父親と日本人の母親のハーフで、海外で長く育ったため日本語が少し苦手であり、今は外資系の金融機関に勤めている、という説明を受けます。ちなみに、母親は大阪に独り暮らしをしていて、母親直伝のたこ焼きの作り方をマスターしているので、今度食べさせたい、とか言って、たこ焼きの写真が送られてきたりしました。
で、1週間ぐらいそんな他愛もないやりとりをするのですが、一度も会う機会はなく、というのも、彼女は日々忙しく過ごしており、フロリダでのセミナーに参加するために海外出張したり、ロンドンと遅い時間までビデオ会議をしたり、大阪の母親の様子を見に行ったり、といった感じで毎日予定が詰まっており、早く会って話をしたい、とかなんとかいわれるものの、一向にその機会が訪れる気配はありません。
そんな中、唐突に「ひとつ質問してもいいですか?」というメッセージが届きます。
「あなたは貯蓄をしていますか?」という問いから始まり、「もしあなたも貯蓄が大切だと思うなら、私たちは未来の計画を設定できるようになった。それは素晴らしいことです。」という謎めいた訳のわからない日本語のメッセージを受け取ることになります。
で、それからまたしばらくは、「たこ焼きの写真」的な平和なやりとりがつづくのですが、突然またおもむろに「デジタル・ウォレットの預金の利子で今日はいくらいくらの大金を手に入れた」といった自慢話の披露が始まり、「あなたもデジタル・ウォレットを始めて得られた利子を二人のデートの費用にして欲しい、これはとても意味のあること」などと言われます。
ここで「あーっ、やっぱりそういうやつかぁ」というのがはっきりわかるので、「ごめんなさい、興味ないです」と秒で返信すると、そこからは畳み込むように仮想通貨を用いた資産運用を勧める長文メッセージの連投を受けます。その長文を横目で読みながら、別のパソコン画面で国民生活センターのサイトを見てみると「ロマンス投資詐欺が増えています」というページを見つけたので、そこで紹介されている手口を読んでみたら、自分が今まさに相手から受け取っているメッセージがまんまそれでしたので、思わず笑ってしまいました。
で、相手があまりにもしつこいので、その国民生活センターの注意喚起のリンクをそのまま相手に送信したところ、そこからぷっつりと音沙汰がなくなり、それがロマンス詐欺騒動の感動のフィナーレとなりました。
仮想通貨への勧誘に関する文章は、なにやらお決まりのテンプレートが使われているようでしたし、LINEのやりとりも日本語翻訳ソフトを使っている可能性が濃厚だったので、おそらく特定の個人が詐欺を働いているというよりも、アプリの登録者複数に対し一斉に投資詐欺を仕掛ける組織化された詐欺集団が関わっているように思われます。
騙されないためには、要は、LINEでのやりとりに誘導して、投資話をもちかける、日本語の下手な相手には気をつけろ、という単純な話ではありますが、各方面の行政機関が注意喚起していることからも、世の中にはこの手の詐欺にまんまと騙されて大金を失った気の毒な人が少なからず存在することは想像に難くありません。
ということで、自分としても、ただ黙っているのもしのびなかったので、マッチングアプリの運営会社のカスタマーサービスにコンタクトして、一連のいきさつを説明した上で、対策を講じるように要請しました。それに対し、運営側の返答内容としては、「しかるべく善処します」という通り一遍のものでしたが、まぁ、一時期騒ぎになったFacebookの著名人なりすまし詐欺広告と同様に、この類の詐欺行為に関しては、ある程度はプラットフォーマー側にも責任のある対応が求められるのではないかと個人的には思います。
そうこうしているうちに、自分は会社を正式に辞めて完全無職の身になったので、それを機にマッチングアプリは謹んで退会することにしました。残念ながら肝心のマッチング相手を見つけることはできませんでしたが、別の観点から良い社会勉強になったと思うことにしています。
ところで考えてみると、今回自分がネット上で遭遇したロマンス詐欺の相手は、女性ではなく男性であった可能性も十分あり、また、単独個人ではなく複数人が手分けしてチームワークで対応していたかもしれず、もちろん、その連中が日本国内にいたとは限りません。
ニュース記事で見たところ、東南アジアのジャングルの奥地、タイ、ラオス、ミャンマーの3か国の国境が接するいわゆるゴールデントライアングルと呼ばれる地域がありますが、かつては世界有数の麻薬密造地帯で、映画などの舞台にもなったりしましたけれども、今では麻薬や臓器売買の代わりにネット詐欺を手掛ける犯罪組織の一大拠点になっているらしく、しかもそこでは、中国、台湾、韓国、あるいは東南アジア各地から誘拐された人たちが、監禁状態で、「掛け子」として強制的にネット詐欺のために働かされている、という報道がありました。かなり物騒な話ですが、ひょっとすると、自分のロマンス詐欺の相手も、メコン川流域のジャングルの中の掘っ建て小屋に幽閉され、遠く離れた故郷の家族に思いをはせつつ、Google翻訳を駆使しながら若い日本人女性になりすまし、自分のような男を相手にせっせと「たこ焼き」の写真を送ったりしていたのかもしれません。そんな想像をすると、なにやらそれはドラマの題材にできるかもしれないと思ったりしました。例えば、マフィアに拉致されネット詐欺への加担を強要されている香港の元民主活動家の男と、その一人娘で失踪した父親の行方を捜すカンフーの使い手の美少女、ひょんなことからその彼女に協力することになったロマンス詐欺で全財産を失った日本人サラリーマン、そしてマフィアのアジト、ゴールデントライアングルに乗り込む二人の警護を引き受けることになった「ツーハンズ」と呼ばれる謎の女ガンマン、といった登場人物たちが織り成すアクション活劇、といった感じの仕立てが思い浮かんだりしますが、もう既に似たようなストーリーのものが世の中のどこかで出回っているかもしれません。
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