暮れも押し迫り、世の中はすっかりい忘年会シーズンとなっていますが、自分が会社を辞めてFIRE生活に入ってから、身の上に起きた最も大きな変化を一つあげるなら、それは
めっきり酒の量が減った
ということかな、と思います。
もともと自分は営業職という仕事柄、酒を飲む機会はそこそこ多かったですし、プライベートでも独りでよく飲んでいました。
ちなみに自分は科学的にいって酒に強い体質であるらしく、最近は遺伝子検査で色んなことが手軽に調べられますが、人間が持って生まれた体内のアルコール分解酵素についても、調べてもらうことができます。
人がアルコールを体内で分解する際は、2種類の酵素が関わっており、一つ目は、アルコールをアセトアルデヒドという毒性物質に変換する
ADH1という名の酵素(以下、略して「酵素その1」)と
アセトアルデヒドを無害化する「ALDH2」という名の酵素(以下、略して「酵素その2」)
の2つがあります。
アルコールを最終的に水と炭酸ガスに分解し体外に排出するためには、「酵素その1」と「酵素2その2」の両方の働きが必要ですが、人は生まれながらにして、どちらか片方の酵素が足りなかったり、あるいは両方もっていなかったり、人によって個体差があるらしく、これを遺伝子解析で知ることができます。
2つの酵素それぞれの活性度レベルを「大・中・小」の3段階に分けて、3x3 の9タイプに人間を分類する、というものです。
たとえば「酵素その1」のレベルは「大」であっても、「酵素その2」が「小」の人は、アセトアルデヒドという毒性物質が未分解のまま体内に残りやすくなるので、頭痛や吐き気など ひどい悪酔いの症状を起こしやすいタイプになります。
聞くところによると、日本人という人種は、生まれながらにして「酵素その2」を持ち合わせていない人の比率が44%にのぼるらしく、これは他の人種と比べると突出して多いようで、たとえばドイツ人なんかの場合、「酵素その2」を持っていない人の割合は、ゼロ%だそうです。
世界にはたくさんの人種がいますが、自分が仕事をしていた頃の経験上、ロシア人と中国人とは、大量の酒を飲むことを抜きにしては付き合えない、とつくづく思い知らされたのですが、一度この人たちに対しては、この地球上には、人口の44%がアルコール分解酵素を持っていない民族もいる、ということを分からせる機会を設けると、世界が少しだけ平和に向かうのではないかと思います。
一方で、「酵素その2」はたんまり持っているけど、アルコールをアセトアルデヒドに分解する「酵素その1」が足りない、というタイプの人もいまして、この場合、毒素の分解は早いので悪酔いはしづらいものの、そもそもアルコールがアルコールのまんまの状態がつづくので、酔いやすく、また酔いが長続きしやすいそうで、このタイプが最もアルコール依存症になりやすいとのことです。
そしていうまでもなく、両方の酵素が少ないと、もうこれは完全な下戸ということで、絶対に酒に手を出してはいけない人、と断言できます。
で、自分の検査結果はどうだったかというと、酵素その1も酵素その2もいずれも「大」だったので、ひそかに自己肯定感の高揚を感じたのですが、検査報告書には、「このタイプが一番調子に乗って深酒し体を壊しやすいので要注意」と太字で警告文が記されており、思い当たる節が大いにあっただけに、ぐぬぬ、と押し黙ってしまいました。
そんな自分が、会社を辞めFIRE生活を始めると共に、めっきり酒との距離が遠ざかったのは、別にこれといった立派な決意があったわけではなく、主に3つの理由によるものです。
一つ目は「社会性の爆下がり」です
一般に人が酒を飲む理由としては、酒が社交の手段になっていること、あるいは、祝い事などで酒を飲む習慣や伝統があること、という点があげられるかと思います。
また ストレス軽減や気分転換につながること、も主な理由として考えれます。人間のストレスの大半は、人間関係に由来すると言われている点を踏まえると、ストレス解消目的にしろ、あるいは社交目的にしろ、とにかく酒というものは、人間の社会性という特質と深く関わっている、と、言えると思います。
一方で、無職生活を始めてしまうと、わずらわしい人間関係から解放されるので気楽でいいのですが、社会性というものが希薄化してしまいます。1週間のうちで口にしたセリフが唯一、セブンイレブンのレジで、「あ、袋もお願いします」の一言だけだった、ってことも珍しくない暮らしをしているだけに、ヒトとの親密さや絆を深める手段として、酒に登場を願うような場面はかなりレアです。
独りでいることが特段苦にならない性格の人間にとっては、ストレスが溜まるような生活ではないので、気晴らしに酒に手を伸ばす、という行動もまず起きません。実は自分は 何を思ったか、何か良いことがあったときのため用に、とっておきのワインを買い置いてあるのですが、社会との接点がかなり薄味となり、平穏きわまりない静かな日々の階段をただ進むような暮らしをしていると、とっておきのワインを開けたくなるような特別なイベントは、この先いつまでたっても起こる気配は1ミリもありません。
そんな社会性の減退に比例して、酒量も減っていった、というのがおそらく最大の理由ですが、他にも、今の自分の田舎暮らしの生活環境は、なにかと車での移動が不可欠であるため、自然と飲酒を控える生活態度が定着していったことも、大きな理由の一つといえます。
そして、最後に3つ目の理由としては、やはり無収入の状態になったので、できるだけ無駄な出費は抑えるように心がけている中で、酒、というのは、それなりに金はかかる一方で、そこから得られるものとのバランスを考えると、QOL維持の観点からは、ちょっと優先度低めで扱わざるをえない、といえます。
そんな個人的事情以外にも、コロナ禍によって、これまで日常的に酒を飲むのが当たり前だったのが、当たり前ではなくなり、その当たり前ではない状態が、当たり前のように感じられるようになったことは、自分も含めて世間全般の酒離れを促した社会的要因として、忘れるわけにはいかない点かなと思います。
ちなみに社会全体に目を向けると、世の中では着々と酒離れが進んでいるらしく、成人1人あたりの酒の消費量は、1992年度のピークを機に年々減少をつづけており、現在ではピーク時の8割にも満たないそうです。
日本で酒離れが進んでいる背景としては、一つには健康志向の高まりがあります。
「酒は百薬の長」といわれ、少量の酒であればむしろ健康に良い、とまで言われていましたが、その根拠となっていたアルコール消費量と死亡リスクの相関グラフは、病気で酒が飲めない人も調査対象に含めていたため、アルコール消費量ゼロにおいて死亡リスクが高めに出ていた、という、いわば統計上の「まやかし」があったことが、今では広く知れ渡っており、要は、酒は飲めば飲むほど体に悪い、というシンプルでストレートな認識が定着するようになりました。
現在WHOは、200以上の病気が飲酒によって引き起こされていると報告しているようです。それに加えまして、ライフスタイルの変化が、特に若者を中心にアルコール離れが進んでいる原因として考えられています。SNSの普及などによってコミュニケーションの在り様が大きく変わり、職場でのいわゆる「飲みニケーション」も、単に苦痛をもたらす時間以外の何ものでもない、という声が広がっているようです。また気晴らしの方法にしろ、別に酒に頼らなくても、他に山ほど安上がりな娯楽の選択肢があることも、時代のもたらした変化といえます。
ということで、世の中の大きなベクトルとしては、脱アルコールに向かっているといえるので、酒に関する今の自分の生活態度も、期せずして世のトレンドに合致している、といえなくもないですが、社会性を喪失しかけている今の自分の状況に対しては、ほのかな危機感のようなものが芽生え始めており、自分としてはあえて、多少なりとも酒を飲む機会を、意図的につくるように心がけてもいいぐらいなのかな、と最近思い始めています。
ちなみに自分は、酒ならどんな種類でも基本手金好きなのですが、ワインに関する好みを言えば、フランスのボルドー地方オー・メドック地区のサン・テステフの赤ワインが特に好きでして、そういえば、福岡市はボルドー市と姉妹都市関係にあるということを思い出し、自分が移住先として福岡を選んだことに、何かしら浅からぬ縁のようなものをここで感じた次第です。
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